JKC本部展

JKC春の本部展に出てきました。
結果は惨憺たるものですが、反省したり喜んだりするのではなく、ここは一つ科学的な分析を試みてみたいと思います。
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嬉しそうに私に向かってくるルフトですが、跳ねていますね。
早起きしてなれない会場に興奮しているルフトを少しでも平常心に持って行きたくて、CD2の認定試験もCD1の競技もぎりぎり最後に出ようと思っていましたが、ルフトは終始ハイで寝ることもなく、やむなく情緒不安定のまま、まずCD2の認定試験を受けました。

寝不足の犬、疲れている犬、空腹な犬は忍耐力が低下します。
元気な犬の場合、十分な運動をして疲れさせればおとなしくなると思われがちですが、単に集中力がなくなり切れやすくなるだけだと思います。睡眠不足はさらにその傾向が強くなります。
空腹にして捕食本能を高める作戦も大抵うまくいきません。要求は高まるけど忍耐力が低下する感じです。

やはり十分な休息と食事で平常心であることが最も日ごろの実力を発揮しやすいでしょう。

案の定ルフトはすぐに集中が切れ、忍耐もできない状態でした。写真で飛び上がっているのがその状態です。服従とか不服従とか、そういうレベルではなく、単にハイになっています。すぐに切れてしまいます。
認定試験のジャッジが以前学びに行かせていただき、とてもよくしてくださった仙台のくまじ先生だったので、私はとてもリラックスして受験することができました。
その時のノイの日記

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この写真は一見まともにヒーリングしているようにみえますが、頭が私の足より前に出ています。この状態、ノイの時にさんざん苦労した「イケナイヒーリング」です。
この位置ではハンドラーの足が視野に入らないので、すぐに行動を自分で決めるモードに入ってしまうのです。
これは後々に悪い影響を残すパターンです。ここでアイコンタクトを無理やり作っていけばシュッツのような体をねじったヒーリングになるのですが、それも家庭犬としては不自然だし、というかそもそもアイコンタクトをしながらのヒーリングは私的にはあまり好きではなく、やはり私を視野に入れながらも自然な目線で歩いてほしいと思っていますので、どうしてもルフトの頭の位置は私の足が見える範囲になければならないのです。
これはなにげない普段のお散歩から徹底しなければなりません。リードが張っていなければ良いというお散歩ではこの危険からのがれることができないので、フォーマルヒーリングでなくてもリード付きの解放モード以外は、「頭はハンドラーの足の横から後ろ」つまり常に視野の中に私が入っている状態を保つルールを徹底しなければなりません。

CD1の競技ではさらに情緒が不安定になり、いつ脱走してもおかしくない状態でした。
厳密には私から逃げたいわけではなく、気になるところに行きたい、走り回りたいという誘惑をこらえられないという状態なのですが、それでも限りなくアウトオブコントロールになりました。
得点は50点満点中の37点。
まぁ点数以前の問題ですが、ルフトの明るさと意欲を殺さずに正確さを高めていくためにこれから必要なのは「じゃまいか禁止」の練習量だと思います。「強化の歴史」をどれだけ作っていけるかにかかっています。
ノイの時は本当に毎日練習したけど、せめてその10分の1でも練習しようと決心しました。

参加された皆さんお疲れ様。早起きはつらいけど、いろいろな刺激を受けて楽しかったですね。

ごほうび

リウォードベースドモチベーショナルトレーニング、つまり報酬を基とした動機付けトレーニングでは、2つの本能に起因した報酬をいかに的確に与えるかが、成否のカギとなります。
2つの本能とは捕食と危機回避。
どちらも極めるにはとても奥が深く、簡単には定義づけられません。

捕食本能ベースの報酬、これはおもちゃだったり遊びだったり、モーターパターンになっている内的報酬が出る行動だったり・・・。

そしてもちろん食べ物。
私たちには一番便利で分かりやすい報酬が食べ物なので、ついついこれに頼りすぎてしまうことが多いと思います。

ところが食べ物の出る状況はまさに捕食本能全開。狩りのモードですからアドレナリンの増加をはじめ様々な化学物質が行動や感情に変化を生じさせてしまいます。

「犬が喜んでいる」とか「真剣だ」とか表することが多い反応ですが、そんな簡単なものではありませんね。危険な場合すらあります。

人が犬と暮らすようになった理由。その大きなものの一つに危機回避本能があると思います。
そしてそれが人との暮らしの中で満たされている状態が信頼感であり、絆になっていくのだと思います。

信頼感は絆を作りますが、食べ物自体は絆を作れない。私はそう思います。食うに困らない生活を約束することには信頼感が生まれますが、一時強化子である食べ物そのものは絆とは無関係だからです。

オペラント条件づけに基づくトレーニングをしているなら、報酬として出される食べものは行動の結果として得られるものであり、人に服従した結果得ているものではないのです。
だから機械で自動的に食べ物が出ても学習効率は変わりません。

やはり確信をもってこう言いたいです。

新たに何かを教えることと、教えたことを守ってもらうプログラムは全く異なる
と。

食べ物を与えるプログラムはオペラント条件づけによって新しい行動を教える場合と、古典的条件づけによって新たな刺激を関連付ける場合にのみ用いられるべきものなのだと考えます。

70%以上の学習をしているもの(こと)に対しては信頼関係のルールによってそれを実行してもらうべきであり、食べ物を出さない方が良いのではないでしょうか。

それでやってくれない場合、最悪なのは(とても多くの人がそうしていますが)もう一度キューを出して成功したら褒めて食べ物を与えるというパターンです。
おそらくこういうパターンでは犬が万年初心者にとどまるでしょう。

望ましいのは、徹底した「じゃまいか禁止」の負の弱化だと思います。

騒ぐ犬を食べ物で黙らせる。
気が散っている犬を食べ物で集中させる。
過剰な誘導。

これらはすべて危機回避本能を捕食本能でごまかそうとする「口止め料」的な発想になりかねません。

そしてそういった状況では望んでいる学習はほとんどしてくれないと思った方がいいかもしれません。

食べ物を用いるときは明確にその理由を理解している必要があります。

たとえばシッターさんや保護活動の方が犬を預かる時には、むしろ他人が絆を作るべきではなく、一貫した人とのルールを守りながら管理を徹底するべきであり、その管理にこそ食べ物を用いた誘導や口止め料が有効であることも大事な使い分けだと思います。

捕食か危機回避か、
内的報酬か外的報酬か、
どのタイミングで、
どんな出し方をするか・・・。

たかが「ごほうび」されど「ごほうび」
本当に奥が深いと思います。

マテって?

オスワリやフセなどの姿勢を指示するキューは、行動ではなく状態を求めています。ということはそれらのキューに「マテ」は含まれていると考えるのが自然でシンプルです。

犬とのコミュニケーションではこのシンプルであるということがとっても大切なので、様々なキューをしっかり定義付けておく必要があります。それで何を求めているのかを明確にしておくということです。

そこで突き詰めて考えていくと、「マテ」は今している行動を止めるという意味を持たせることが最も理にかなっていると思われます。

犬が歩いているときにマテと言ったら、そこで立ち止まる。(立止)
今まさに拾い食いしようとしている犬にマテと言ったら、その動きをその場で止める。
etc.

そうすると、座ったとたんの犬にマテと言ったらどうなるでしょう。

あなたがもし、行動としてオスワリを教えてしまったなら、マテと言う必然はあります。そうでなければまたすぐ動いてしまうはずだから。
でも状態として教えているならマテは余計ですね。

オスワリの状態に居る犬にマテと言うべきなのは、犬が動こうとしてしまった場合のみスジが通っています。肉体より先に気持ちが行動を起こしかけている、その瞬間を制止するような感じですね。

こうして「マテ」もシンプルに使うことで犬にはずっとそのルールが分かりやすくなります。
「行進中の停座」や「ドロップ オン リコール」などが簡単に理解してもらえると思います。

クリッカーの2度打ちは有りか

クリッカーは本来ポジティブ・ブリッジです。
ブリッジは二次強化子です。
二次強化子は直後に一時強化子が出現しなければ、二次強化子として成立しなくなります。

時々アジリティなどで「励ましのクリック」と称して、一時強化子を与えないままクリッカーを繰り返して鳴らすトレーニングを見ることがありますが、果たしてこれは有効でしょうか?

連続して鳴らすクリックはキープ・ドゥーイング・シグナルということになります。使われている方がそこまで理解していらっしゃるのかはわかりませんが、理屈ではそうなってしまいます。

これ、実はある程度有効です。
二次強化子はいきなりその効果が消えるわけではなく、徐々に減っていくし、キープ・ドゥーイング・シグナル自体も強化子になるはずだから。

でも犬から見た時のクリックの意味が、少し多目的すぎると思います。

人の発するもっとも多目的な信号は、恐らく犬の名前だと思います。
ある時は愛情表現。ある時は叱咤。ある時は呼び戻し。ある時はアイコンタクト・・・。

こういった多目的な信号を受け取った犬は、さまざまな状況から、その時に最適な行動を選ばなければならなくなります。声の調子や環境の変化などから状況判断を迫られるわけですね。

犬にはこういった判断ができる能力があると思います。
あると思いますが、何かを学習してほしい時にその能力を使わせるべきだとは思いません。
ブリッジとして瞬間を切り取る信号はシンプルでシャープなほど良いはずです。

犬の反射神経は人より数倍優れているから、言葉よりも早くシャープなクリックで知らせなくちゃ。そしてそんな時には余分なことを考えさせないようにしなくちゃです。

「あれ?今度のクリックはご褒美が出るのかな?、それともこれであっているという意味にすぎないのかな?」なんて考えさせてはいけないと思うのです。

どうしても二度打ちしたいという方は、ブリッジとしての使用をやめ、キープ・ドゥーイング・シグナルに徹底するべきでしょう。
でもそれならクリッカーとは別にホイッスルを使うことを私はお勧めします。

ちなみにウィーブポールで「ウィ~~~~~~」と言っている方をよく見かけますが、あれはキープ・ゴーイング・シグナルに該当します。
そのシグナルが出ている間行動を維持し、シグナルが消えたら終わりというボブ・ベイリーが作業動物に用いる、あの合図です。
ということは息が切れたりして「ウィ~~~~~~」が聞こえなくなると、その行動が消えたり、少なくとも犬が不安になるはずです。
できれば最小限のシンプルなキューで12本のウィーブを正しく通ることを教えておいた方が確実な気がします。
またハンドラーが並走することもプロンプトから始まり、すぐにキューになるはずですから、将来遠隔操作でのウィーブを目指すのなら、プロンプトはキューになる前に引き上げる必要があるのは明白ですね。そうでないと引き上げにとっても苦労するでしょう。

犬から見て何がキューになるか。どれだけシンプルなキューで犬に伝えられるか。
これはハウスマナーでもドッグスポーツでも作業犬でも、すべてに共通する大事なテーマですね。

ハウスマナーは行動か?

家庭犬の「しつけ」についてです。

さて、行動か状態か、これは犬の学習効率を考える際に結構大きなテーマだと思っています。
そして私たちが家庭犬のハウスマナーにおいて求めている事柄が行動なのか状態なのか、私なりの考えをもう少しわかりやすく説明させていただきます。

まずオスワリ。
皆さんは行動としてのオスワリを求めていますか?
お尻が下がって行って地面に着く、その動きを求めていますか?

人はとかく犬に求めていることを漠然と考えがちですが、犬の立場からすればそれはたいていとてもわかりにくくて、しかも要求を人間の言葉で言われた日にはもはや理解しようとすることすらあきらめかねません。
もう少し犬の立場に立って、具体的に求めていることを伝えるようにしたいものです。

それでオスワリなんですが、これは最終的に何を求めているのでしょう?
「オスワリ」と言ったらどうしてほしいのでしょう?

A:座ってほしい

Q:では一瞬お尻がつけばいいの?

A:まさか。そのまま次の指示、あるいは解除の合図が出るまで座り続けてほしいんです。

つまりほとんどの人は「オスワリ」という言葉で犬に求めているのは座った姿勢を保つことなんですね。
するとこれは行動ではなく状態です。私たちが「きっこけ」と呼んでいる「きっかけ」「行動」「結果」の3つの箱に納められるオペラント学習ではないんですね。

・でも立っている犬なら座らなければその姿勢になれないんだから、行動を伴うでしょ。

そのとおりです。

そこで私が大事だと思っているのは、「犬は最終的な形を教えてあげれば、そこに至るプロセスを自分で考えることができる」という点なんです。
オスワリの姿勢を教えてあげれば、どうすればその姿勢になれるかは犬が自分で考えられるということなんです。
「後ろ足を折りたたんで徐々に腰を下ろし・・・・」なんて教えなくてもね。

犬は(動物は)これまで考えられていたよりずっと賢い、という話をよく聞きます。愛犬家ならだれでも納得できることだと思います。なのに何かを教えようとすると、たいてい手取り足取り・・・。

もっとゴールのイメージをしっかり持ち、それを犬に伝えてあげれば、そこに至る道のりは自分で考えられるのではないでしょうか?

ということで、おすわりやフセをそこに至るまでの行動ではなく、最終形の「状態」として教えてみてください。これまでよりずっと早く、そして正しく覚えてくれますよ。

・それでも行動としてしか教えられないものもあるのでは?

そうですね。でも突き詰めてみると驚くほど少ないような気がします。

たとえば「オイデ」。
これはまさに走ってくるのだから行動以外のなにものでもないでしょう?と思いがちですが、最終形はたいてい正面で座っていること。つまり状態です。
少しでも早くその状態に入るために犬が走ってきたとしても、それは勝手に自分で考える部分で、教える必要はないわけです。
時間制限のリミテッドホールドを用いれば、どんどん素早く来るようになると思います。

たとえばレトリーブ。
こんな複合動作でも、突き詰めればダンベルをくわえて正面で座っている状態になってほしいだけなんです。
それプラス別のメニューで「ダセ」と言ったらダンベルを手渡ししてくれること。

複合動作はよくバックチェイニングという、ゴールからスタートの行動に向けて逆順で教える手法が用いられますが、もしかしたらそんなことも不要で、とにかく最終形を古典的的(正確に古典的条件付けといえる自信がないので、あえて「的」を二つ付けています)に教えてしまえば、犬が自分で考え、その状態になるためには投げられたダンベルを取りに行って、くわえて戻り、くわえたままオスワリをして待つ、という一連の行動が必要だとわかるのではないでしょうか?実際ちょっとヒントを用いますが、その方がレトリーブはずっと楽に教えられます。

こんなにいろいろな行動を伴うレトリーブでさえ、教えるのは最終形の状態であって途中の行動ではないということになってしまいます。ここでもスピードアップはリミテッドホールドを用いたシェイピングで済むわけです。

ややこしいところでヒーリング。
これも横について歩くことですから、どう考えても行動、しかも継続する行動なんですが、教えたいのは4つの足の進め方ではなくて、人間との位置関係。そしてこれは動きではなく状態なんです。
行動の中の位置関係です。
その部分だけを古典的的にばっちり条件づけてしまうと、人がどんな動きをしようと、あるいは止まろうと、犬の顔は常に同じ場所にあるという、とてもありがたい学習をしてくれることになります。
逆にたとえばオペラント的に行動として教えたヒーリングは、しばしば「ヒール」と言いながら人が動かずにいると、犬だけ前に出てしまう結果を招きます。人と一緒にバックしようとしたら、まったく別メニューで、バックを教えなおさなければならなくなります。

では逆に、普通に使うキューの中で、行動でなくてはならないものってあるのでしょうか?

あります。

前進と後退です。

これは動きを強化しないと、すぐ途中で止まってしまうようになります。
よくあるトレーニングの失敗は、少しでも遠くまで行かせようとして限界にチャレンジし、毎回犬が止まったところで、クリッカーを鳴らしたり、褒めたり、ご褒美をあげたりという「強化」をしてしまうこと。
犬はすぐに場所、あるいはハンドラーとの位置関係で「状態」を学習してしまいます。「いつもこの辺でおやつがもらえる」という学習です。

前進や後退を教えたいとき、とっても大事なのが、「動いていることを強化する」ことなのです。
その際には毎回「マテ」で動きを止めるか、すぐに解除のキューを出しておくと、「マテ」と言われない限り動き続ける、つまり遠くまで行けるようになりやすくなります。(ただし報酬がハンドラーからしか出ないトレーニング法では、そもそもハンドラーから離れたがらなくなってしまいますが)

さて、まただらだらと書いてしまいました。
科学という名の情報にだまされることなく、むしろ科学的な考え方そのものを自分の中に取り入れることで、さまざまな常識の矛盾に気がついたり、新たな発見をできると信じつつ、これからもいろいろ考え、そして実践していきたいと思います。

アニマルコミュニケーション

近頃すっかりへ理屈に明け暮れていたので、ちょっと反省してます。
本当は学習理論のこと、もっともっと考えているのだけれどあまり書きすぎてもアンバランスになるし。
そこで、目先を変えてアニマルコミュニケーションについて・・・。

私は宇宙人の存在や超能力を信じたいタイプです。よく本を読んでいた頃もサイエンスフィクションやファンタジーが好きでした。
先日ボブ・ベイリーが宇宙飛行士になりたかったと聞き、そして私の好きな映画ベスト5に入るかもしれない「2001年宇宙の旅」の話を持ち出し、さらにある国では「ヨーダ」というあだ名で呼ばれ、「フォース」使いだなんて言われた時には小躍りしてしまいました。

そんな私ですが、今のところ犬とテレパシーで対話できるとは考えていません。
そういうのが近頃のはやりだし、私も偶然ですがワークショップに参加したことがあり、科学だけでは説明できない何かを少しは感じたこともありますが、それでも愛犬とテレパシーで対話できるとは思っていません。
それができればどんなに素敵かとは考えますが、あまりにも安易な願望だとも思います。
国内外の何人かのアニマルコミュニケーターの方ともお話をしましたが、どうしても理論的な矛盾を感じてしまい、心底納得することはできません。

もちろん単に「非科学的だ」で済ませるつもりはなく、むしろ科学の解明が追い付いていない領域はたくさんあるわけですから、常にいろいろな可能性に対する心の眼は開いておかなければですよね。
でも少なくとも理論的に自分が納得できないような飛躍的論拠にはついていけません。
「宇宙人はいるのか」という問いに対しては理屈から言って、いない方がおかしいとは思いますが、犬が過去を語る、あるいは未来を語るのを通訳されてもいろいろな面で納得できないのです。

もしかしたらいつか、そんな頑固な私でも納得できるようなアニマルコミュニケーターの方にお会いする日が来るのかもしれませんが、少なくとも今のところは地道に科学を学び、ひたすら犬の一挙手一投足を観察し、犬からのメッセージを科学的に理解するように努めたいと思います。

そういった努力を尽くした上で超能力を信じるのなら、素敵なことだと思いますが、手間を省いてテレパシーに頼るのはいただけません。だったらドラえもんに来てもらうことを願った方が早いかも。

そんなの関係ない

どんどん過激になってくるトレーニング理論ですが、さらに続けます。

さて、科学的トレーニングの中心となっているオペラント条件付けですが、そしてその代表格とみなされているクリッカートレーニングですが・・・・。

クリッカートレーニングはオペラント学習のためのものなんでしょうか?
オペラント学習は行動に対しての定義です。
行動とは「死体ではできないこと」と行動分析学では定義されています。
はて、行動とは何でしょう?
オスワリは行動でしょうか?
フセは?

行動の定義にどの程度時間軸が関係しているかによりますが、私自身は以下のように考えています。

・オスワリという姿勢に移行する変化は行動である。
・座った状態を維持していることは行動ではない。
・突き詰めれば家庭犬に求められる、いわゆるハウスマナーに行動はほとんどない。
・したがってハウスマナーにおいてはオペラント学習の出る幕は少ない。

これまでの常識を覆すような大胆な仮説かもしれませんが、そう信じています。

では何か?
それは古典的あるいはレスポンデント学習のようなものなんです。
ほとんどのことはそれで済みます。そしてその方が学習効率は高いはずです。

となると、クリッカーの出る幕はあるのでしょうか?
オペラントの先鋒たるクリッカーなのに?

そこで(私の考える)結論です。

オペラントかレスポンデントか?

そんなの関係ない

クリッカーは単なるポジティブ・ブリッジです。
クリッカーは二次強化子なんです。それ以上でも以下でもありません。

そしてこれも私のこだわりですが、クリッカーはハンドラーに提供可能な唯一といってもいいくらいの嫌子を伴わない好子なのです。
手で与えるおやつを例に取れば、おやつは一時強化子ですが、その出現の仕方に嫌子を伴う可能性があります。人が近づく、手が近づく、アイコンタクトが伴う、etc.
特に野生動物や保護犬などで顕著にそれがわかります。

そんなとき、嫌子を伴わない二次強化子がいかに有効か。

それから、新しいことを犬に教えるとき、特にオスワリとかマテなど、ゴールが行動ではなく状態のもの、これはオペラントから状態強化への移行が伴います。
それでもクリッカーが有効なのは、クリッカーが単なる二次強化子だからです。

ついでに言えばルアーは行動のナビゲーションに用いられます。だから状態の強化には向いていないんですね。

誘導はキューになる

誘導は本当に危険です。甘い罠です。気をつけなければです。

誘導は英語だとルアーと言います。なんだか新しいトレーニングみたいです。

誘導もルアーも同じこと、そしてこれはプロンプトの一つです。

プロンプトは犬から行動を引き出すきっかけとなることすべてを指します。

プロンプトは数回繰り返すだけで、すぐにキューになります。オーバーシャドウも同様です。

これが甘い罠なんです。

誘導がなければ行動を起こさなくなるのは当たり前、それがキューになっているから。

ほんの数回誘導するだけで、すぐにキューになります。

だから結果を急いではいけないんです。犬が思いつくのを待たなくては。クリッカーを使っていても使っていなくてもシェイピングの考え方が大事なんです。

そしてシェイピングのコツはマイクロシェイピング。
細かく刻んで刻んで仕上げていくやり方です。

それが結局近道なんです。

じゃまいかのいろいろ

理屈は簡単、だけどうまくいかない・・・。
じゃまいかは「基本的」にしていないし・・・。

基本的に?

そう、どうしても例外はあるもので・・・・。

でもね、
犬の学習に、言い訳は全く通用しません。

ボブ・ベイリーはビデオ撮影することを強く勧めていました。私もそう思います。
ビデオ映像では言い訳が反映されないから。

・騒いでいる犬をおとなしくさせようとして「オスワリ」と言ったら、フセをしてアイコンタクトしている。
(静かになったし、こちらに集中しているからまぁいいか)

・「ヒール」と言ったら、ちょっと離れて座った。
(少しだから自分が一歩近付けばいいや)

・レトリーブをしたらダンベルを落とした。
(面倒だから自分で拾った)

・「オイデ」と言ったらちょっと離れて座った。
(身を乗り出しておやつをあげた)

・ドッグランで「オイデ」と言ったら、遊びに夢中で聞いていなかった。
(友達が見ていて恥ずかしかったので、呼ばなかったことにした)

・面白がって友人が自分の犬にトリックを命じたが違うトリックをした。
(それはそれで受けていたし、かわいがってくれるからまぁいいや)

・友人が「オイデ」と言ったが、来なかったので、「オイデ」を連発した。
(最後は来たし、それまでの「オイデ」がじゃまいかになってるなんて言えない)

・友人が「オスワリ」と言ったが飛びついたので、「だめだってば」と叱った。
(愛情たっぷりに叱られた犬は大喜びしていた)

・自分がいないところで犬が吠えていたようだが、友人たちがうるさいので口止めコングを与えた。
(同じ状況になると毎回吠えるようになった)

・濡れた地面がいやだったらしく、「オスワリ」と言ったが座らなかった。
(うちの子は濡れた地面が嫌いだから・・・)

・アジリティの練習中に吠えたが、練習を始めたばかりだったし、そのまま続けた。
(別に吠えたことにおやつあげたわけではないし)

・犬にアイコンタクトを求めたが見てくれないので、覗き込んだ。
(ぐっと覗き込めばこちらを見てくれるし)

☆トレーニング中に失敗をした。まだ続けたかったので、もう一度同じキューを出した。
(キューを繰り返したらその分だけじゃまいかが増えるけど、成功して終われと習ったから)

じゃまいかってどこにでも転がっています。
せめて、出来そうもない状況で大切なキューを使うことは避けたいですね。

ブリッジの用語分け

一次強化子を約束する弁別刺激をあえてポジティブ・ブリッジと呼ぶようにしようかなと思っています。
そうするとネガティブ・ブリッジという考え方が明確になって、これは負の弱化とつながっていることを説明しやすいかもしれません。

人道的かつ科学的なトレーニングでは、ほとんど好子を出現させるか、消滅させることで行動を強化したり消去するので、正の弱化や負の強化という、嫌子を出現させたり消滅させたりという手法を用いないのだから、ブリッジに関してもポジティブとネガティブでわかりやすく分けられると思うのです。

じゃまいかを掘り下げる

トレーニング関係の話が続いていて恐縮ですが、学習の理論は簡単だし、犬の知能を持ってすればいわゆる「しつけ」と呼ばれるようなハウスマナーなんて簡単に教えられるはずなのに、なんで多くの人が苦労するのか、少し掘り下げて考えてみたので、お付き合いくだされば幸いです。

「強化の歴史」というフレーズがあります。
どれだけ強化が繰り返されてきたかが重要だという意味なのですが、人はとかく、何かを覚えさせることばかりに気を取られて、何かを覚えさせないことがすっかり後回しになっているのではないでしょうか。
「強化の歴史」は、覚えてほしいことだけではなく、覚えてほしくないことにも当てはまるわけですから、「じゃまいか」が20回に1回以上の割合で起きている覚えてほしくないことは、きっちり定着してしまうことを私たちは心してかかるべきでしょう。

先日「じゃまいか」によって教えていることを覚えてくれない、つまり強化がうまくいかないと書きましたが、それは同時に、望んでいないことが強化されていることに他ならないと考えられるケースも存在するわけです。

これは「無駄吠え」や「崩れたヒールポジション」、「呼んでも来ない呼び戻し」、「いい加減なフセ」などで顕著に起きているはずです。
特に無駄吠えに関しては、絶対にそれを認めないという毅然とした態度で臨まないと、すぐに強化の歴史が積み重なり、フィックスドアクションパターンという、生得的なものの次に強力な無意識の行動となってしまうからです。
内的報酬も関係した行動の強化を食い止めるには、罰を用いる必要があります。感情ではなく科学で罰を適切に用いる必要があります。効果的な罰とは決して身体的な苦痛などではなく、負の弱化を中心としたものであるべきです。そして負の弱化にもノーリウォードマーカー、あるいはノーリウォードシグナルと呼ばれるブリッジが存在し、それを有効活用することで、毅然とした態度を実現することができると考えます。
ここで用いられる負の弱化では、捕食本能よりもむしろ危機回避本能に根ざした強化子を取り去るべきで、それはすべての資源を管理する者、つまり飼い主に他ならないということを明確にしておきたいと思います。
これがトレーニング中であれば、タイムアウトという概念にもつながっていくわけです。つまり無駄吠えであれば、吠えた時点ですべてのトレーニングを打ち切り、飼い主とのリレーションも断ち切るということにほかなりません。あるいはその時に犬が欲しているすべてのコミュニケーションや環境を取り去らなければなりません。
これは罰を与えるという考えではなく、望まれない行動に対して「強化の歴史」を作らないために強化子を与えないことが絶対に必要なのです。

科学的な手法の弱いところ、理論的に正しいトレーニングでいくら行動を教えても、ちっとも困った行動が消えない部分に対する答えが、これでようやく自分なりに見えてきました。
だから何年もしつけ教室に通っていていろんな事を教えても、確実性がなくて「何もしていない犬とどこが違うの?」という状態が起きてしまうんですね。

何かを覚えさせることより、何かを覚えさせないことがいかに大事か。そしてそのためには絶対に「じゃまいかの禁止」を徹底しなければいけない、ということをあれこれ考え続けたあげく、強く再確認した次第です。
もう少し整理して今後のカリキュラムにも反映させていきたいと思います。
また幅広い「じゃまいか」の実態も徐々に解明していきたいと思います。

シマリスのように忍耐強く

ボブ・ベイリー氏の来日にあわせて制作を進めていた「Patient Like The Chipmunks」(邦題:シマリスのように忍耐強く)の日本語版DVDの一般発売が開始されました。

近代的トレーニングの幕開けはBFスキナーのオペラント条件付けからといっても過言ではありませんが、机の上の理論を磨いていったのは、スキナーの一番弟子マリアン&ケラー・ブリーランド、そしてボブ・ベイリー氏も所属していたABE(アニマルビヘイビアエンタープライズ)という会社でした。
科学者でもあった彼らが、政府の仕事やショー用にあらゆる動物(140種類、一万匹以上!)のトレーニングを行いながら応用行動分析学を確立し、極めて理論的でありながら実践的なトレーニングを切り開いてきた、その歴史が今日の私たちのドッグトレーニングに活かされているのです。
・・というかDVD映像を見ていると、そのレベルの高さに愕然とし、むしろ世界はまだ何十年も前のABEのレベルに追い付いていないのではないか、という気持ちになってしまいます。
猫を自在にコントロールし、カラスにカメラをくわえさせて窓から部屋の中の写真を撮って帰ってこさせるといった、空想小説のようなことをオペラント条件付けを用いて本当にやっていた人たちがいたことにはただただ驚くしかありません。
歴史の生き証人のようなボブと数日間行動を共にし、72歳にしてまだまだ現役で各国政府の仕事をしている彼の哲学に触れることができたのは、本当にありがたいことでした。

私が犬のトレーニングを勉強し始めてから、まだ10年かそこらしかたっていませんが、ずっと真実を求め続けて来た結果、レイ・コピンジャー博士やボブ・ベイリー氏に出会い、自分が求めてきたものの源流にたどり着けた感があります。そしてレイの書籍、ボブのDVDをそれぞれ日本語化するお手伝いをさせていただけました。
感無量です。

長くなりましたが、このDVD、本当に多くの人に見てもらいたいと願っています。
そして売り上げの一部がボブを通じて偉大な功績を残したマリアンの基金に寄付され、こういったトレーニング理論の普及に役立てられることも書き添えておきます。
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サンプル映像を載せてみます。
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「妥協」とは「失敗」のことなり

自分で考えたフレーズの中で気に入っているものの一つが「じゃまいかの禁止」です。
人間側のいろいろな事情で「じゃぁまぁいいかぁ」と妥協してしまうことのリスクをお伝えするために考えました。
トレーニングにおいて妥協するということは、その時点で設定していた目標に届かずにあきらめることにほかなりませんから、これは単なる失敗を意味しています。
そして強化の原理に基づいてトレーニングしているのであれば、1回の失敗はほぼ20~40回の成功と、その重さにおいて匹敵するといわれているようですので、たとえば妥協を20回に1回の割合でしていれば、その行動はもはや定着しないということになります。

やっぱり犬の賢さをもってすれば、何か新しいことを教えようとするとき、それに何カ月もかかるようなら、教え方を見直すべきなんだと思えてなりません。
本当に効率よく、妥協せずに教えられれば新しいことでもすぐにそれを犬自らするようになってくれるはずです。
もちろんそこからその学習を長期記憶に移していくプロセスや、キュー乗せなどが必要なわけですが、これはすべてに共通することなので、淡々とこなしていくだけで、まったく悩むべき部分ではありませんね。

「じゃまいかの禁止」、これって本当に大事なことなんだと、ボブ・ベイリー氏の話を聞いて再確認した次第です。

キープ ゴーイング シグナルの真実

近代的なトレーニングを考える際にとても重要なことの一つに、フィードバックという概念があります。特に状態の維持(マテ系)で「これで合っているのかな」と不安になる犬を励まし、安心感を与えるために、今していることが正しいか間違っているのかを知らせることがその目的です。
そしてこれまでそれで正しいという合図を私はキープ ゴーイング シグナルと呼んでいましたが、日本にお招きしたボブ・ベイリー氏の極めてプロフェッショナルな動物(すべての動物)トレーニングで、用いられるキープ ゴーイング シグナルの意味が、行動のナビゲーションにあることが分かりました。
つまり動物が動く際の道案内の信号という意味で用いられていたのです。
これは状態の維持で用いるフィードバックとはいささか目的が異なり、(こちらの)理論的に不都合が生じてしまいます。そこでフィードバックとして用いる際の用語を変更する必要を感じ、いろいろ考えたのですが、キープ ドゥーイング シグナル(KDS)と名づけてはどうだろうかと思っています。

プロが業務目的の動物をトレーニング、あるいはコントロールする際に用いるキープ ゴーイング シグナルと、私たちが犬にフィードバックとして用いるキープ ドゥーイング シグナルとは似て非なるもので、決して混同してはいけないのですが、同時に家庭犬のトレーニングであってはフィードバックはとても重要で、ぜひ広めていきたい事だから、分かりやすい用語がなくてはならないと思うのです。

キープ ドゥーイング シグナルは「そうそう、それで合ってるよ」という意味に用いますので、必ずしもそれが行動ではなく、状態であっても有効です。そしてそれは単なる二次強化子ではないので、報酬の約束とイコールでもありません。

業務目的の動物トレーニングでは飼い主との絆は全く不要です。そこには行動のルールしか存在しません。ですから誰がコントロールしても指示が的確であれば同じ反応を示すはずだし、そのようにトレーニングします。さらに言えば指示を出すのは人間である必要もなく、オートメーション化された機械であっても、あるいはその方がより確実な結果を得られるわけですね。
一方家庭犬のトレーニングでは絆(きずな)がとっても大切です。行動を教えるトレーニングが30%だとしたら絆づくりは70%の比率を占めるくらい重要なことだと思います。
この辺はよく感情論で語られてしまうのですが、科学的に考えれば「犬の動機をどこに持って来るか」という問題に過ぎないのではないでしょうか?
業務目的の動物トレーニングでは明確な報酬の提示があって動機はシンプルなのですが、家庭犬の場合はちょっと広義で曖昧な「危機回避本能」をベースとした動機づけを行うべきであり、それこそが「絆(きずな)」なのだと思います。

家庭犬においては「行動を教えるのは簡単、教えた行動をいつでもしてもらうのが難しい」と私は思いますが、その難しいところが絆による部分なんですね。
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のいぱぱ

Author:のいぱぱ
やっぱりサモエドが大好きです。
抜け毛がものすごくても、頑固でマイペースでも・・・。
運命の出会いで一緒に暮らすことになったルフトと、最新の科学的な理論をバックボーンに信頼関係を楽しく築いて行きたいと思います。

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